鑑定師

宮城文彦 琉球推命とタロットカード 占い師

宮城 文彦
タロットカード占術師
琉球推命バランス統計学士

私は、占いを信じない側の人間でした。

コンピュータエンジニア、行政書士。論理と法こそが現実を動かすと信じていた私にとって、占いは根拠のない気休めに過ぎませんでした。しかし、人生には理屈だけでは到底太刀打ちできない「夜」があることを、私は身をもって知ることになります。

暗黒時代と、再生への警笛

宿オーナーとして歩んでいた日々から一転、人間関係とお金に苦しみ、私はすべてを失いました。お酒に逃げ場を求めた結果、精神科へ入院。退院後もお酒こそ断ったものの、未来に光など微塵も見えない自堕落な日々を過ごしていました。

その止まった時計を動かしたのは、2011年3月11日の東日本大震災でした。画面越しに見た、懸命に明日を生きようとする人々の姿。自分の愚かさを突きつけられた私は、その日ようやく「0」からもう一度、人間としての誇りを取り戻すために歩き出す決意をしました。

積み上がる不採用通知、自営の道へ

当時44歳。再就職の壁は高く、面接を受けても返ってくるのは不採用通知の山でした。必死に勉強し、宅建とFPの資格を取得しましたが、年齢の壁や捨てきれなかった過去のプライドが邪魔をしたのか、現実は好転しません。

組織に属することを諦め、生きるために自営の道を模索。紆余曲折の末に辿り着いたのが、人の悩みやトラブルの深淵に触れる「探偵業」でした。後に「行政書士業」も開始し、法的な解決もサポートする日々を送ることになります。

不思議な導きと、宿命との出会い

探偵・行政書士として活動していた50代のある夏、一人のバーのマスターから初対面で命に関わる病を指摘され、実際に手術を経て救われるという衝撃的な体験をします。さらに沖縄の神女(かみんちゅ)から「琉球推命という占いが宮城さんに合っている」と告げられたとき、それまで占いに懐疑的だった私の心は大きく揺れました。

「琉球推命バランス統計学」を修得した私は、まず探偵・行政書士のお客様へのサービスとして占いを提供し始めました。この手法が持つ人生の指針としての確かさ、そして論理だけでは届かない「心の救済」の力を、私は肌で感じ始めていました。

親の介護、そして職業としての介護の現場へ

そんな折、親の介護が必要となり、探偵業と行政書士業のどちらも休業せざるを得ない状況になりました。生活は一変しましたが、私はその空き時間を利用して「介護職」に従事することを選択します。

家族の老い、そして介護の現場で直面する「生と死」。そこで見つめた家族の在り方は、これまでのどの職業経験よりも、私の魂を深く耕してくれました。

私の失敗を、あなたの希望に変えるために

介護という濃密な時間を経て、2019年暮れ。私は琉球推命にタロット占いを加え、介護職を続けながら、占いのお店「オフィスニライ」をオープンしました。

私は、多くの失敗をしてきました。仕事での挫折、離婚、そして心ない言葉で大切な人を傷つけてしまった後悔。 エンジニアの論理、宿オーナーのホスピタリティ、探偵の洞察、行政書士の法理、介護の慈愛、そして自身の再起。そのすべてを総動員して、あなたの「今」にガッツリ向き合います。

AIが進化し、いつか感情を模倣するようになっても、私は「一期一会」の縁を信じ、あなたと共に変容し続けます。あなたの「再生」を、全力でサポートします。

信条・価値観

「感謝なくして成長なし」を信条としています。

大切にしている3つのこと
★ 一期一会を大切に誠実でありたい。
★ 相手の事も自分自身のことも大切にできる人間でありたい。
★ いつの時も笑顔で過ごしたい。
その他のこと
★ AB型です。
★ 健康状態は良好です。
★ 性格は温厚で、よく笑いよくしゃべります。
★ 離婚経験があります。
★ 趣味は、写真(インスタやってます)、DIY、ジョギングです。

主な職歴

1988年ソウフトウエア開発企業に勤務
2002年観光・宿泊業を経営 宿オーナーとして従事
2013年探偵調査業を経営 探偵調査員として従事
2015年行政書士業務を開始 (探偵業と兼業)
2018年探偵及び行政書士すべての業務を停止、休業、その後すべて廃業
2019年老人向け施設で介護職に従事
2019年暮れ介護職の傍ら「オフィスニライ」を沖縄市上地に開業
 ※2023年 南城市大里に移転
 ※2024年 沖縄市宮里に移転
琉球推命バランス統計学とタロットカード占いを融合させた占い師として従事

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